ブディスト・メディテーションの今(1) 瞑想は“科学”だけではない──アメリカ市場に根づいたもう一つの主流
Jul 09, 2025
私はこの10年、毎週瞑想体験会やプログラムの説明会を続けているため、瞑想が初めての方から、長年実践を続けている方まで、多くの皆さんにお会いする機会に恵まれています。
ヨガや座禅、あるいはその他の瞑想法を個別に探求されている方は多いものの、瞑想の世界全体の構造や背景については、あまり知られていないように感じています。
そこで今回は、True Nature Meditationが長年大切にしてきた「ブディスト・メディテーションの思想と実践の背景」──そしてそれがアメリカでどのように受け入れられ、いまなぜ日本で必要とされているのか──を、しっかり紹介してみようと思います。
普段のTNMブログよりも少し体系的で、思想的な内容になりますので、6つのパート(全6回)に分けてご紹介していきます。ぜひご自身の実践と照らし合わせながらお読みください。
Part 1 :アメリカ瞑想市場における「ブディスト・メディテーション」の主流性
アメリカ社会において、瞑想はすでに一部のスピリチュアル実践ではなく、教育・医療・ビジネス・テクノロジーなど幅広い領域に根づいた「心のリテラシー」として定着しています。2024年時点で、アメリカの瞑想市場は約24億ドル(約3,800億円)と推定されており、2032年には102億ドルに達するとの予測もあります。年平均成長率(CAGR)は17.6%と、ヘルスケア全体のなかでも際立って高い水準です。
この急成長の背景には、「瞑想は宗教ではない」「瞑想は科学的に効果が実証された実践である」という一般認識の広がりがあります。とくにストレス軽減や集中力の向上、ウェルビーイングの向上といった点で、多くの研究成果が瞑想の価値を裏付けてきました。その結果、教育機関では授業に、企業では研修に、医療現場では補完的療法として導入されるケースが年々増えています。
しかしながら、こうした「エビデンス重視」の流れの背後に、もうひとつの重要な事実が存在します。それは──アメリカで最も深く、持続的に社会に根づいているのは「ブディスト・メディテーション」であるという事実です。
「仏教ベースの瞑想」ではなく、ブディスト・メディテーションという潮流
アメリカの瞑想市場には多様なスタイルが存在します。瞑想アプリ、MBSR(マインドフルネスストレス低減法)、トランセンデンタル瞑想(TM)、キリスト教的な黙想、ヒーリング系ボディワークなど。しかし、その中で最も広範で制度的にも確立しているのは、仏教にルーツを持つ瞑想──つまり「ブディスト・メディテーション」です。
アメリカには現在、約990の非営利瞑想センターがあり、年間総収益は2.47億ドルにのぼります。そのうち、ヴィパッサナー、禅、チベット仏教に由来するセンターが少なくとも300拠点以上を占めており、これらはすべて長年にわたって地域コミュニティに根づき、実践と教育を継続しています。
たとえば、Insight Meditation Society(IMS)やSpirit Rock Meditation Centerは、ヴィパッサナー(テラヴァーダ仏教)の瞑想を基盤に、心理療法や教育分野との連携を深めてきました。Shambhala Centersは、チベット仏教の伝統を背景としながら、現代社会の文脈に合わせた形で瞑想と倫理的訓練を提供してきました。また、Tibet House US(ニューヨーク)は、ダライ・ラマ法王の後援を受けた文化・瞑想・芸術の中心として国際的な信頼を築いてきました。
このように、“ブディスト・メディテーション”という言葉は、宗派を超えて「仏教的実践の核心を現代に開く動き」そのものを指す表現として、アメリカ社会に根づいています。
なぜ“ブディスト・メディテーション”が信頼されているのか
アメリカでは、瞑想の「科学的有効性」だけでなく、「文化的・倫理的な信頼」も重視されています。特に心理学や教育、スピリチュアルケアの分野では、瞑想指導者がどのような系譜に属しているかが重要な判断基準とされます。
その点で、ブディスト・メディテーションは、仏教的実践のもつ倫理性・一貫性・哲学的深さによって、他の瞑想法とは異なる重みを持っています。実際、ヴィパッサナー、禅、チベット仏教の指導者たちは、単なるテクニックの伝達ではなく、「どう生きるか」という問いを実践として指導してきました。
また、Pew Researchの調査によると、アメリカの仏教徒の約半数が非アジア系で構成されており、その多くがブディスト・メディテーションを日常的に実践しています。彼らは宗教的帰属というよりも、「心の訓練」としての瞑想に価値を見出しているのです。
瞑想市場の中心にある、もうひとつの主流
アメリカの瞑想市場は確かに多様化しています。しかし、そのなかでもっとも堅牢で、実践者数・施設数・教育的信頼・文化的評価を兼ね備えているのは、仏教心理学・哲学をベースとした「ブディスト・メディテーション」です。
これは、単なる癒しや集中力のための手法ではありません。人生と世界をどう理解し、どう関わるかを問う実践として、半世紀以上にわたって進化し、社会に根づいてきたものです。
次回Part 2では、この三つの主流──禅、ヴィパッサナー、チベット仏教──がどのようにアメリカに受け入れられ、現代的な実践として定着していったかを、具体的な歴史と活動をもとに見ていきます。